妙香庵伝教大師像建立二十五周年蓮華のともし火御親修法要
平成23年11月4日九州西教区筑前部妙香庵に於いて伝教大師像建立二十五周年蓮華のともし火御親修法要が九州西教区主催で半田孝淳第256世天台座主猊下御導師のもと厳かに奉修されました。
宝満山の麓のこの地は最澄が遣唐船を待ったところ。
延暦22年(803)、難波津から唐に向けで出航した船は瀬戸内で暴風雨に合って難破。その後、1年を竈門山寺などで過ごしたそうです。
この像はそのころ、若き日の最澄(伝教大師) のご尊像 ( 37才のお姿 ) が中国天台山を向いて建てられたということ。804年、最澄は唐に渡り天台山で天台教学を学び、805年に帰国。そのとき最澄が到着したのは花鶴ヶ浜(古賀市)。最澄は帰国後の布教の拠点となる場所を探すため、持っていた独鈷と鏡を空へと投じました。二神山(立花山)の山中でこの二品を探し求めていたところ、地元の猟師と源四郎と出会います。源四郎は最澄を独鈷の元へと導きます。最澄は布教のため源四郎の家にしばらく滞在。上洛する際、最澄は滞在のお礼に岩井の水(井戸)と唐から持ち帰った法火と毘沙門天像を源四郎に授けました。


この源四郎の家は千年家として現在も残っています。そして「法火」は今でもかまどの火種として燃え続けていましたが、千年家の横大路家の方がご高齢の為、「法火」の保護が難しくなり、一時、九州西教区木原不動尊(長寿寺)と阿蘇西巌殿寺にてお守りされていましたが、10月下旬より正式に妙香庵にて御守りすることになり、
「蓮華のともし火」御加持と毘沙門天開眼法要

伝教大師像建立二十五周年記念並びに蓮華のともし火御加持、毘沙門天開眼の法要が天台宗第256世半田孝淳猊下御導師の元厳かに奉修されました。
出仕には妙香庵権僧正、瑞應院大僧正、九州西教区より宗栄寺、大興善寺、宝地院、安禅寺、二階寺、長寿寺、平仙寺、安国寺、会奉行に九州西教区宗務所長甘井亮淳。会行事並びに司会進行として岩蔵寺中村博信の
という差定で行われました。また、ご来賓に天台宗宗務総長、延暦寺執行、曼殊院門跡、天台宗州議会議長、善光寺大勧進副住職、宗議会副議長、布教師連盟会長、宗務庁参務、宗議会議員様などたくさんのご来賓の方にご臨席賜りました。また、教区内の寺院様にもたくさん御随喜いただき、境内にはたくさんの僧侶にて埋め尽くされるほどでした。


天台座主猊下よりともし火加持の後、毘沙門天開眼、そして法要の最後にお言葉を頂戴いたしました。最後に妙香庵住職森妙香師より謝辞をいただき、妙香庵伝教大師像建立二十五周年「蓮華のともし火」御親修法要は魔事なく大円上で幕を閉じました。




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