(鹿児島本線筑前新宮駅下車、徒歩五十分、四キロ?東方。西鉄バス天神50?道路天神バス停〜立花口行バス50分、終点徒歩1分、30?北方。)
本尊 聖観世音菩薩
寺宝 伝教伝来、唐土相承明鎖、独鈷、伝教大師作薬師如来
沿革 立花山明鏡院独鈷寺延暦24年六月二十四日伝教大師御帰朝源始の開基にして大師携来玉う壇鏡と独鈷を虚空に放て法を弘むべき相応の地を試み玉うに、其の銘の光虚空に輝き独鈷と共に飛去りたりとなん。斯くて一里許りの道の傍に休み玉いけるに、弓矢を携えたる男子山より下りけるを見て大師問い玉う。此の男申様『私は源四郎(千年家先祖)と申して此の辺に住む者なるが、虚空より一片の火焔飛来り山谷震動しけるに肝をつぶし、今帰るところと申す。いかにもさことあらめ、そこに予を連れ行くべしと迄、源四郎の案内で山に誘ない奉るに彼の二つの宝器右上に在り『さらばこここそ霊地ならん』一宇の草堂を造立、自ら薬師仏の尊像を刻み玉う。大師はここを立ち去る時、壇鏡と独鈷と残し置かれたので後日、立花山明鏡院独鈷寺と号したが、立花は三十一院西山に四院東山に一院都合三十六坊を有し、天文年間兵燹に罹り打続く戦乱によって衰亡の砌り筑前の宗像氏貞(宗像大社大宮司の先祖)霊夢を感じて独興寺を再興す。而して大師遺跡をしのびず二代将軍代参の仏具足奉納に及び第九十三世今日に待るなり。
末寺及び付属堂宇 薬師堂、大日堂、その他
行事 二月三日 護摩供養節分大祭(護摩木を燃やし参拝者の祈願供養を行う)
七月七日 薬師堂御開扉法要(薬師如来御開扉勤行)
十二月三十一日 除夜の鐘つき祈願(新年を迎えるにあたり、無病息災厄払と諸祈願) |