清玄寺

宗満茂が祖父宗香の菩提寺として建立

清玄寺.psd

御本尊

聖観世音菩薩

寺宝

梵鐘(国指定重要文化財)対馬歴史民俗資料館収蔵

年中行事

大般若祈祷会(正月)・涅槃会・春秋彼岸会・花祭り・施餓鬼会・盂蘭盆会

縁起

対馬のほぼ中央、豊玉町仁位の町を見下ろす小高い山の上に当山清玄寺はある。当山は応永二五年(一四一八)宗満茂が祖父宗香の菩提寺として建立した。宗香の法名『清玄寺殿梅渓宗香大禅門」に因んで渓岳山清玄寺と号する。もと臨済宗であったが、寛永十二年(一六三五)柳川事件解決と同時に、萬松院が徳川氏の菩提所に倣い天台宗に改宗したため、当寺もこれに従い改宗する。明治の廃仏毀釈の際に村々の多くの寺が廃寺となったが、勿論当寺は廃さるべくも無く、末寺の東泉寺と妙憧寺を合併し存続した。東泉寺はその後、両廃寺の檀徒を合して、妙憧寺の堂宇と山号をそのまま継承し現在に至る。当寺は、平成元年十一月十九日本堂庫裡山門を新築盛大な落慶法要が行われ今日に至る。現在、対馬民俗資料館収蔵の応仁三年(一四六九)銘の梵鐘(国指定重要文化財)は、国主惟宗朝臣貞国、本寺檀越惟宗盛家の名と渓岳山清玄寺の号が刻銘されている。惟宗とあるのは宗氏の本姓で貞国は仁位宗氏(分家)であり、両氏が連名で清玄寺へ寄進したものである。

交通アクセス

厳原港より車で四十分対馬空港より車で二十五分

住職の閑話

『人はかならず死ぬのです』

寺行事が年間に六回ほどあるが、その都度、法話を行って二十五年ほどになる。いつも話すのが『傳教大師のご精神について』であるが、最後はかならず、こう締めくくる。『皆さんは、いつか必ず死ぬのですよ。必ず死ぬのですから、死の側から、いまの自分を見つめてください。どう生きればればいいかわかるはです。そのことを仏教は教えているのですよ。』今の世の中ほど、ほとけの教えが必要だと思う。懺悔し、感謝の心を持って、報恩のまことを捧げて生きる。そのことが大切だと思う。