神宮院

伝教大師ゆかりの寺

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御本尊

文珠菩薩小笠原忠雄公寄進大仏師宗順作

ご詠歌

伝教大師の護摩たく石に梅香るよ神宮院

寺宝

梵字石護摩石座禅石、イチョウ九百年石割ビワ(県指定天然記念物)

縁起

伝教大師が桓武天皇延暦二三年(八〇四)勅を奉じて、入唐求法の旅立に際し、宇佐八幡宮に渡唐の無事を祈請の折、神託によって更に当香春山明神へも祈願をされた。この二神の加護を得て顕密の両教を得て無事、翌年(二四年六月)に帰朝、平城天皇大同元年(八〇六)天台宗開創の勅許を得て後九年を経て、弘仁五年(八一四)の春伝教大師は神恩奉謝の為、再び宇佐八幡と香春明神に詣で、七日間の護摩秘供、法華経の法会を護37摩石に於て行われた。この奉修の折、神明岩上に影向し観音の相を示現されたと伝えられる。この岩石に本地仏の種字を刻して一宇を創し永く神明の法楽に備えて国家安全の祈願所として、香春山神宮院と名付け、同時に比叡山山王権現を香春嶽の峯に勧請して寺門の鎮守と定め正行霊場として栄えていった。降って四百年後永禄四年(一五六一)大友宗麟の挙兵によって宗麟のキリスト教政策も重なり寺坊烏有に帰し、全く湮滅の惨状を呈していたのである。後(一六〇)年を得て藩主の命により再建に当り、漸く旧観を復し、天下泰平万民豊楽の祈願所として庶民の信仰を集めていたようである。現存の本尊は文殊菩薩。三人よれば文殊の智慧と知られている佛様である。俗に言う猿智慧はいわざる・きかざる・みざる。それは文殊菩薩の変化かもしれない。猿智慧によって守られている。

交通アクセス

JR日田線香春駅下車タクシー五分