福城寺

熊本県下益城郡砥用町甲佐平2110

0964-47-2075

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沿革史

本尊 十一面観世音菩薩木像(立像一尺) 作者不詳
寺宝:国指定重要文化財 釈迦如来立像(木像約一米位)恵心僧都作
沿革:通称甲佐岳観音、亀甲山福城寺は弘仁二年、湛西上人の開基にして今を去る事千百数十年前第五十二代嵯峨天皇の時代なり、その後、寿永年中に平重盛公の再興により祈願寺とされたと伝えられる。全盛時代には甲佐岳山中十六坊を数えていたものの小西行長の神仏破壊によりそのほとんどが焼失し、幸いにも現在の福城寺の一宇だけがその難をまぬがれて現在に至っている。他の寺坊はその後再興される事なく姿を消してしまった。然し一寺一坊の在った所の地名だけは今も変る事なく呼ばれている。中院坊、地蔵堂、西ノ坊あるいは寺門等とし、甲佐岳は標高七五三米の単山であり、項上に阿蘇家の吉咒神社の小社がある。福城寺の現在地は標高六〇〇米位の所である。
末寺及び付属堂宇:馬頭観音(町指定文化財)堂 ・山王社

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