「声明」
声明とは、古代インドにその起源を持ち「梵唄」と訳されている仏教の古典儀式音楽のことであります。日本で初めて唱えられたのは天平勝宝四年(752)あの奈良の大仏で有名な東大寺の大仏開眼供養会であります。この巨大な大仏を讃える歌声は一大コーラスとなって奈良の山野にこだましたと思われます。しかし、今現在、音や音楽がひしめきいつどこへいっても何かしらの音を耳にしている現代人にとって、あるいは「声明」という声楽は歌詞が難解でメロディーやリズムが何とも単調に響くかもしれません。しかし時代を千二百年前遡らせていただきたい。当時の人々にとってこの声楽はまったく新しい外来音楽であり、きらびやかな衣装をつけた「声明家」は今でいうならテレビで見るアイドルのように女性の人気の的であり、中国伝来の「声明曲」は今でいうなら英語の曲を聞くように響き当時の人々に大変なショックを与えたのです。
これより仏教儀礼、いわゆる法要で唱えられた声明は深く日本文化に根ざし「浄瑠璃」や「長唄」「民謡」に至るまであらゆる後生の「邦楽」の母体になったということは言うまでもありません。日本人である我々は声明の曲の中に必ずそれを感じられることと思います。また、声明用語でいう「呂律」が転じて「あの人は、ろれつが回らない。」となり「塩梅」が転じて「あんばいがいい」となった例が雄弁に物語っています。従ってこの仏教音楽である声明は、単に僧侶の手によって伝承された宗教音楽であるばかりでなく、かけがえのない音楽的文化遺産であることに気付いていただきたい。そしてそれはやがて日本民族の持つ最も簡素な形の中に最も豊かな心を、最も充実した力を表現しようとする、いわゆる「幽玄」「わび」「さび」などと呼ばれる日本民族の持つ「美」であり「心」となっていったのです。この格調高き「声明」という音楽遺産を一千年以上も昔の我々の祖先から受け継いで、失わずにいたことは何とも素晴らしいことかと喜ばずにはいられませんし、またこれから我々の新しい音楽への可能性をそこに発見し、想像、伝承していかねばならないと思います。
「曼荼羅供」という法要で用いる楽曲は「能楽」「義太夫節」「謡曲」から「演歌」に至るまで旋律やリズムに大きな影響を与えたといわれ、日本音楽の源流であるといわれている、声明の中でも代表的なものです。内容は簡単にいえば、この道場に大日如来をはじめ多くの諸仏、諸菩薩をお迎えし花や香を供えて花びらを散らし「いかにすれば我々は悟りの境地に達することができるのであろうか。願わくば秘密の教えを開いて我々のために説いてください。」といった祈りと礼拝の曲です。