仏像のみたま

 今月は仏像のみたま、即ち魂についてお話します。

 新しく仏壇を求められますと、必ず御開眼の法要をいたします。その仏様に御霊(みたま)が入ったかどうか疑問に思う方もあるでしょう。その疑問に答えるべき次のお話をご紹介申し上げます。

 それは、国宝修理所に昭和16年に入られ、今日まで約1300体の仏像を修理された西村公朝師の体験談であります。

 西村先生は、先般NHK教育テレビで約3ヶ月に渡り、仏像について講義をされた方ですので、ご存知の方も多かろうと思います。その西村先生のお話の中での事です。

 京都の東寺の食堂に、約6メートルの十一面千手観音堂がありました。その像が昭和5年12月21日に御堂もろとも焼けてしまいました。それから35年後、その消し炭のような仏像を西村先生が修理をすることになりました。

 消し炭の部分は、部分的に削り取って、そこに漆を塗るなどし、また背面などすっかり無くなっているところは、新しい木で補い、少しづつ復元し最終段階で仏像の眉間にある白毫の部分にかかられました。そこには白毫として水晶をはめ込むようになった穴があり、当然のことながらそこも消し炭で一杯になっておりました。

 どんどんその穴を掃除する内に、紙の包みが焼けもしないで出てきたそうです。その包みの中には、丁度人間の奥歯に被せる金歯くらいの金の容器が入っておりました。おそるおそる開けてみると、その中には米粒大の仏舎利が一個入っていたそうです。

 どう考えても、その消し炭になった状態から察すると、当然包んであった紙は燃え、そして金の容器は変形してしまっているはずですが、本当に不思議としか言いようのない出来事であったそうです。