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無心・我・常に切なり
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経典に、「我、ここに於いて切なり」という言葉がございます。その時々を一心に打ち込む、切々と生きる、という意味であります。大リーグにいったイチロー選手は、相変わらず好調な成績を残しています。彼が天才といわれるほどの選手になったのは、人一倍の努力と共に、学生時代に正月元旦を除く毎日バッティングセンターに通っていたことがよく知られています。来る日も来る日も、いかにバットのシンでボールをとらえ、強く振りぬくことを追い求めていたのでしょう。まさに「ここに於いて切なり」の心境だったのでしょう。 名選手に云わせると、野球の打撃というのは、要はバットのシンでボールを当て、遠くに飛ばせばいい、そのためにはボールをよく見て強く振ればいい、それだけなんだ、と云っております。 巨人に原選手が入団した時、ある打撃コーチは彼のフォームを見て、「二〇幾つか直さなければならないところがある」と云ったそうです。この話を聞いた野村克也氏は、そんなコーチがいるから選手が打てなくなるのだ、と書いています。 昔、パリーグに南海というチームがありました。今のダイエーホークスの前身で、ご承知の方も多いと思います。その南海全盛時代に、何度も盗塁王に輝いた広瀬という選手がいました。 広瀬選手に衰えが見られた頃、藤原という足の速い選手が入団してきました。春のキャンプの時、監督は広瀬に盗塁のコツを藤原に教えてやってくれと云いました。広瀬は藤原を一塁ベースに連れて行き、なにやらやっていました。程なく藤原が戻ってきたので「どや、勉強になったやろ」と云うと意外にも「よくわかりません」と答えるのです。なぜだと聞くと、藤原は広瀬の教え方を繰り返してみせました。広瀬はこう教えたそうです。「盗塁っちゅーのはなぁ、こうリードをとるやろ。ピッチャーがセットに入るやろ。投げたと思ったらパーッと行けばええんや」 いかにも天才広瀬らしい感覚だと当時の監督の野村氏は書いています。(「勝者の資格」野村克也) 原選手のバッティングフォームの話にしろ、広瀬選手の盗塁の話にしろ、複雑に云えばいくらでもいえるのでしょうが、突き詰めると単純に戻ります。盗塁術で言えば、要は走る決断と脚力だと、広瀬選手は言いたかったのでしょう。これもまた「ここに於いて、切なり」であります。 このことは、信仰の道でも同じことが言えると思います。お釈迦さんは出家した後、各地の宗教者を訪ね、また、苦行を繰り返しました。しかし六年間それを続けても悟りを得ることができず、最後に苦行を捨て禅定を行いました。そうして菩提樹の下で悟りを得ました。 日本には仏教の宗派がいくつもありますが、その求めるところは同じであり、とらわれの無い心、安心立命の境地を求めることであります。 広瀬選手は盗塁について、「ピッチャーがセットに入るやろ、投げたと思うたらパーッといけばええんや」と云いました。 物事の結果というのはわからない。ただ己が決断し、後は疑わずに走る、信心の道も全く同じであります。仏の道とは、ただ仏を信じるという単純なことに尽きるのであり、「信じて、切に生きる」と言うことであります。 |