不滅の法燈

 一日に一度はお仏壇で、月に一度は寺詣り、年に一度は本山詣り、一生に一度はインドの仏跡参拝を・・・これが私のモットーであります。

 お陰様にて、私も二月四日より十五日まで、あこがれの聖地インドに縁あってお詣させて頂きました。主たる行事と致しましては、比叡山開創一二〇〇年を記念して「禅定林」というお寺がインドに完成し、その落慶法要のお手伝いであります。その行事の合間にお釈迦様の足跡の一端を偲び、恋慕を懐いて渇仰心の炎を激しくしたいと思います。奇しくも、日本に帰る日が二月十五日の涅槃の日であります。二五〇〇年前に八十才になられるお釈迦様が、沙羅の樹林で「自灯明、法灯明」即ち、自分自身をより所として他の物をより所とするな、そして私が皆に説いた教えをより所としなさいといって入寂されたのであります。後に続く私達のために、生きる指針を、つまり法をお釈迦様は説いてお示し下さったのであります。その最期に灯明、即ち、ともしびかかげなさいと仰せになったのであります。そのことを、伝教大師は常に思われて、ご自作の仏様の前に灯をかかげて

『あきらけく 後の仏の御代までも 光りつたへよ 法のともしび』

と詠まれたのであります。そこにやはり信仰の原点がある様に思われます。

 比叡山の不滅の法灯は、一二〇〇年の間、点してきた。そのこと事態が尊いのでなく、その理想の灯をシンボルとして少しでも伝教大師程の御精神に近づこうと毎日毎日努力して受け継がれて来た、そういう「ともしび」であるから尊いのだと思います。

 皆様も仏壇で御灯明をあげておまいりの時には、そういう信念でもってお明を点して頂けたら、いくらでもお釈迦様のお心にふれさせて頂けるものと確信するものであります。