落花の風情

 ものを大切にするということは今日でも立派に通用する徳目です。日本人なら子供の頃から、

  「ご飯粒をこぼすな。お茶碗を壊さないように気をつけろ。」

などと親から何度となく注意されながら育ってきたはずです。

 ところが、すべてのものには、

  「かたちあるもの、いずれは滅す。」

という性質がありますし、そこへもってきて、人間ときたら不完全な存在ですから、いくら注意してもついうっかり過ちを犯すことがあります。そんな時、

  「あれほど物を大切にしなさいといったのに、壊してしまったじゃない。二度と同じ失敗をしないように気をつけなさい。」

という注意事項があり、そのあと、

  「ごめんなさい。」

ということばでしめくくって一件落着というケースが多いようです。

 物を大切にするために細心の注意をはらうことは勿論必要なことですが、壊れてしまった時、そのものに対してどのような対処をするか、対処の仕方を学ぶことはもっと大切なことだと思います。

 『千利休』の孫に、『千宗旦』という大変すぐれた茶人がいました。どこがすぐれていたかといいますと、こんな逸話があります。

 京都の正安寺の庭に、『妙蓮寺』という名の大変みごとな椿が花を咲かせましたので、そこの住職は、一枝切って宗旦の所へ持って行くように小僧に命じました。小僧は、世にも希な椿ですので、ことさら注意深く持っていったのですが、なにしろ椿の花のこと、途中でポロリと花が枝から離れてしまいました。小僧は、

  「とんでもないことをしてしまった。」

と途方にくれましたが、とにかく宗旦の所へ行ってあやまろうと左手に花、右手に枝を持って行ったのです。それを見た宗旦は、あやまる小僧を制して、咎めるでもなく、茶室に入るや、今まで置いてあった床の間のものはすべて片付け、あらたに利休作の花器を柱に掛けて、そこに枝を差し、花は床の間に何気なく置いて、落花の風情をかもし出させたのでした。そして、そこに小僧を招じ入れて、懇ろにねぎらったということです。