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地蔵様の話
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その昔、お釈迦様は、自分の後を誰かに受け継いでもらいたい。私の代わりに、説法をしてくれる人が欲しい、と考えられました。それと言うのも、今後五十六億七千万年が経なければ、お釈迦様の代わりに説法をし、人々の良き相談相手となってくれるお方、つまり、弥勒菩薩様が、この世におでましにならないからであります。 いくらお釈迦様が気が長いからといっても、五十六億七千万年は少し永すぎます。永すぎるのはよいとしても、五十六億七千万年の間、心の支えとなる教えを求める人達へのサービスが出来なくなってしまいます。五十六億七千万年の間、何事も無く、平穏な毎日を我々が過ごせれば問題は無いわけでありますが、そうはいきません。 貪瞋痴の三毒、いわゆる「むさぼり、いかり、おろかさ」が原因となり、いろいろな事がおこります。少し回りを見ただけでも、学校での暴力、いじめ、家庭での親子の問題、誠実な行動力の欠落など、また親の方にも問題が無いわけではありません。知らず知らずの内に、社会に引っ張られてしまいます。例えば、子供達への最高の贈物である、大自然の破壊、ゴミは出さない工夫が必要と知りつつも、皆がそうなんだからと右へ習えしてしまう生活、こういった社会現象をお釈迦様は予測されていたんでしょうか。五十六億七千万年の間の説法や、心の悩みの相談相手としてお地蔵様を選ばれた訳であります。そのお地蔵様のお姿は、頭を丸めて、ちょうどお寺のお坊さんの形をしております。ひょっとしたら、お釈迦様は、お坊さんをさして、 『地蔵菩薩よ、私の代わりに、弥勒菩薩がお出ましになるまで、宜しく頼むよ』 『ほら見てごらん。八万四千の教えも、用意したよ』 と言ったのではないでしょうか。 お寺には、八万四千の法門が用意されております。是非この沢山の教えを利用し、実生活に、また家庭内に取り入れ、心の安らかな毎日を過ごして欲しいと念願しております。 |