極楽への思い  観音寺 菊川春暁

お地蔵さんの微笑み

お地蔵さんは、梵語(サンスクリット)で『オン、カァカァカァ、ビサンマエイソワカ』と唱えて拝みます。漢訳すれば、「微笑を忘れず、瞋らない(かっとならない)ことで、安らかに生きたい」という誓いを立てることです。
 『オン(俺)』は「アゥム」で、初めから終わりまでの「一切」を意味し、「帰命=お任せする」とも訳され、「かがむ、膝を屈する」の『南無』と同じように使われます。『カァカァカァ』は「ハハハ」(笑い声)をあらわし、『ビサンマエイ』は「不瞋」(いからず)、『ソワカ』は「成就」を意味します。
 お地蔵さんは、釈尊が入寂されて、弥勒さんが出られるまでの五十六億七千万年の間、すべての命を育む母なる大地のように、親しみやすい姿で救いの手を差し伸べてられています。お地蔵さんの微笑を取り戻したい今日この頃です。

優しい「カナリヤ」の歌

「思いやり」と「優しいぬくもり」を訴えているのが、西條八十作詞・成田為三作曲の童謡『かなりや』です。
 この歌は、大正七年(一九一八)に、鈴木三重吉らにより創刊された児童文芸雑誌『赤い鳥』に初めて詩・曲がそろって発表されたものです。
 歌を忘れた金糸雀(かなりや)を「後ろの山に捨てましょか」「小藪に埋けましょうか」という子供たちに、お母さんが、「人間でも鳥でも落ち込む時があるのよ。もっと美しい声で唄おうと苦しんでいるのよ。象牙の船に銀の櫂をつけ、月夜の海に浮かべれば、忘れた歌をも思い出し、きっと美しい声で唄いだすでしょう。」と導くのです。

王舎城の悲劇と浄土への思い

 ポリネシアの原住民たちは、死の直前に自分の好きな星を指差しながら、「私は死んだら、あの星に住む」と言いつつ、息を引き取るそうです。
『観無量寿経』では、悲惨な血肉を分けた親子の葛藤の末に幽閉されたい韋提希(いだいけ)夫人が、釈尊に救いを求めます。釈尊は「心から懺悔し」「正座して西に向かい、沈みゆく太陽が、お世話になった人や自然に、感謝の想いを込めて、言葉なく、一番きれいな茜色に染め尽くす」一心不乱の『日想観』に浸れば、安らぎが得られると説いておられます。

九州西教区「一口法話集」より