| 天台宗は近代日本仏教の母と呼ばれ、日本の歴史・文化・芸術・宗教にとって大切な宗派です。天台宗は日本国内ではそれほど広く布教されてはいませんが、天台宗の影響を受けた宗派は世界中のどこにでも見出すことが出来ます。 天台宗は、総合的な教えを持つ宗派で、さまざまな人間の望みにこたえることが出来ます。それは、様々なカットにより、すばらしい光を放つ貴重なダイヤモンドのようです。 最澄は767年滋賀県に生まれ、8世紀に中国天台を学ぶために中国に渡り、様々な師と出会い、天台山で修行しました。 805年、最澄は帰国して4ヵ月後、806年1月26日、天台宗を開きました。以来、比叡山は天台宗の本山として栄えています。1572年織田信長が焼き討ちをし、多くの寺院や人々が焼かれ、殺された後も比叡山は日本仏教の中心として発展しています。最澄は822年6月4日、57歳で世を去り、その後、天皇が“伝教”の称号を彼に授けたのです。 臨済宗、曹洞宗、浄土、浄土しん習、日蓮宗など、様々な宗派の開祖は比叡山で修行をしました。この近代日本仏教の宗祖となった人々は天台宗からの分派といえます。私の意見ではこれらの宗派は、ダルマーダイヤモンドのひとつの側面にしか過ぎません。しかし天台宗は、すべての側面を備えたChih-Iの書き残した教えが教学の中心ですが、今日われわれが学ぶ天台教学はより広い視野の哲学を持っています。いまは法華経は天台宗の一つの教えであり、座禅や密教も共に教えに含まれます。天台宗は中道の教えを掲げ、ダルマ(法)と禅定(行)の双方から成り立ちます。教学の中心は法華三部経で、Chih-Iの摩訶止観が行の中心です。 天台宗が特に強調するのは、密教(曼荼羅観想)・顕教(止観)のバランスです。即ち、天台宗は仏教の中道を目指す宗派だと思います。比叡山の回峰行者は人間と自然の調和のシンボルです。調和の原則が天台宗を魅力的にしていますが、これは我々が生活の中で平和と調和を求めているからだと思います。 天台宗の基盤は伝教大師のすばらしい理想を元にしています。大師の理想に従った僧侶・に荘・在家信者がみな、菩薩道を生きるよう、促されているのです。之を実行することですべての命あるものの調和と、この世に浄土を創ることが出来るでしょう。又、伝教大師は受戒と修行の方法を改革した偉大な僧侶でもあるのです。 |
| 天台宗はユニークで重要な仏教宗派だと思います。理由は密教と顕教のバランスと、教学と行を実際に教える唯一の宗派だからです。他の宗は、たとえば真言宗やチベット仏教は密教を主にし、密教と顕教に関しては天台宗は中道を行き、二つの教えのバランスを目指しています。天台宗を勉強していると理論とダルマの哲学、そしてそれらを実行することを学ばされます。 智慧と慈悲を達成するために理論と行は一つにならなければなりません。他の仏教宗派では、私の知る限り、このアプローチを取り入れて“生きる”ことを教えてはいないと思います。禅宗は座禅に集中し、“頭の知識”を嫌います。浄土真宗は阿弥陀仏の誓願にひたすら集中します。座禅を全く取り入れないのは消極的なアプローチではないかと思うのです。私が天台宗に魅力を感じるのはブッダ・ダルマの勉強と座禅の行を共に行うからです。比叡山の写真を見て、その寺院や回峰行者の姿に初めて接したとき、本当に感激しました。その美しさ、安らぎと自然の調和がなんともいえません。このような風景を私は今までに一度も見たことがありません。私は木や山、森を愛する人間です。比叡山に住んでいる天台宗の修行僧は自然の一部であり、比叡山の景色全体が極楽浄土のように思われます。 私が天台宗の勉強をしたいのは、人間と自然の調和と安らぎがとても重要だと感じるからです。私が仏教書を読み始めてからの夢は、山の森の中の小さなお寺で座禅を組むことでした。私が比叡山の写真を見たとき、平和な雰囲気が手に取るようにはっきりと感じられました。 この天台宗の平和と調和の精神をヨーロッパに持ってくることが出来れば、なんとすばらしい恵みとなるでしょう。書く仏教宗派のバックグラウンドは異なるものの、ナガルジュナ・マディヤミカの哲学が中国天台の基礎となっています。私が知る限り、チベット仏教のいくつかの宗派はヨーガチャラ哲学を中心にしています。私はシューニャターに立つ中道の教えの基礎(マディヤミカ)が好きです。これらの教義については私はほんの基礎的知識しかありません。指導を受けない限りこれらの論理を理解するのは困難です。しかし、近い将来マディヤミカについて詳しく学べるのは大変幸せなことです すべての仏教宗派には共通点があります。それは、すべてシャカムニ・ブッダが生きた2500年前に始まっていることです。その目標は生きとし生けるもののために悟りを得ることです。その方法論は宗派によって異なります。大切なことは、人もそれぞれ異なった道を経て悟りを開くのだということです。すべてがそれぞれの能力や必要性に応じて宗派を選ぶことが出来ます。ある宗派が他より優れているということは言えないと思います。私たちはそれぞれの道を選び、能力に応じて歩みを進めるのです。 私が天台宗で学びたいのは、総合的な教えと天台宗が教えるバランスが好きだからです。 ヨーロッパでは天台宗の末裔はすでに多く存在しています。伝教大師の深くそして独創的な教えをヨーロッパに広められたら、なんとすばらしいことでしょうか。いまの世の中で調和と平和を求めることは大切なテーマです。伝教大師の教えが異なる文化・人間・自然の間に調和と平和を創る一助となるに違いないと思っています。 |
天台宗海外伝道事業団々報より。(平成14年10月号)