海内求縁力 帰心聖徳宮
 (伝述一心戒文)
海内に縁力を求め 心を聖徳の宮に帰す

このお言葉は、伝教大師さまにお仕えして、辛苦を共にされた光定(こうじょう)という方が記された「伝述一心戒文」の中にあり、大師様が聖徳太子のご霊前に捧げられた詩の一節です。
聖徳太子(五七四〜六二二)は、大師様より百五十年程前にお出ましになり、仏教にもとづいて国政をみそなわし、日本仏教の親として崇められているお方です。
大師様は、早くから聖徳太子の教えに帰依され、そのお心を受け継いで天台宗を開こうと志されました。それは、聖徳太子が「法華経」「勝鬘(しょうまん)経」「維摩(ゆいま)経」というお経を註釈なされて、仏教はお坊さんだけのものでなく、一般の人々も共に学び、修行するところに、その真髄があるとお示しなされたことが、一つの要因をなしていると思われます。しかし、この大師様のお考えも、なかなか当時の仏教界には受け入れられず、苦境の中でその信念を貫かれていかれました。そのような時、四天王寺の聖徳太子廟に詣でられた大師様は、海内(日本国内)において、自分のよりどころ(縁力)は、太子の教えである。私は心から太子に帰依申し上げますと、太子のみ教えを敬仰されたのです。実にこの詩の中に、日本仏教の行く手が明示されたといえる、大事なお言葉です。

天台こよみ法話集から