日本人の宗教意識 大善寺:甘井麻樹子
日本人の宗教意識 ―特に仏教の存立形態の観点から― 筑紫女学園大学・甘井麻樹子 本文は,日本人の宗教意識を対象としている.これをテーマとして選んだのは,日常生活の中で,日本人は無宗教であるといろいろなところで見聞きし,果たして本当に日本人は無宗教であるのか日頃から疑問に思っており,それに対する答えを探りたかったからである。今日,日本人は無宗教であると言われている.そして,わたしたち日本人の多くも自分は無宗教であると考えている.しかし,そのように考えていながら正月には初詣に行き,盆には墓参りをし,人が死ねば葬式をする.これらの行動だけを見れば,宗教活動に従事しているのであるから日本人が無宗教であると言い切ることはできない.では,どうしてそのような複雑な構造が出来上がってしまったのだろうか.本稿は,自分を「無宗教である」と規定している日本人が本当に無宗教なのかという問題を,「宗教の定義」「戒律」「儀礼」という面から明らかにすることを目的とする.まず第一章では,日本人の宗教意識の面から,日本人が本当に無宗教であると言い切れるのか考察したい.日本人の考える「宗教」という言葉の意図するところは何なのかを吟味することにより,日本人の「無宗教性」の本質を明らかにしていく.次に第二章では,一般的に意識されている宗教には必ず備わっている戒律の面から,日本人が本当に無宗教と言い切れるのか考察したい.「戒律」を守る宗教だけが 果たして「宗教らしい宗教」なのかという問題に対する,中世の仏教者たちの答えを元に,「戒律」と「宗教性」の本質を明らかにしていく.最後に第三章では,日本仏教の堕落の代表とも言われている葬式仏教というものが,果たして本当にそう言い切れるのか考察していきたい.これだけ無宗教と言われながらも人が死ねば必ず葬儀をするのはなぜなのかということを,そもそもの仏教の本質を考えながら明らかにしていきたい.
本論 第一章 日本人の宗教意識 日本人が無宗教であると考えられている要因の一つとして,日本人の宗教意識の問題が挙げられる.それは以下の統計から読み取ることができる. 神社本庁が1996年10月「神社に関する意識調査」を,全国の成人男女2000 人を対象に行った.それによると,「信仰している宗教は?」では,「信じていな い」が49.5%であった. 朝日新聞は1995年9月23日付け紙面で,宗教についての意識調査結果を発表し た.それによると,「信仰する宗教はない」と答えた人は63%であった. 読売新聞社は1998年5月に,葬儀やしきたりについての意識調査を行った.それによると,「宗教を信じていない」は78%であった. 『宗教・宗派データ』[1] このように,多くの日本人が「自分は無宗教である」と考えているのである. また,日本では特定の宗教を信仰していることが日常生活の中で不利になることがある.戦後の日本人がもっている気風の特徴として,まず一つに,会社人間で会社に所属 していることが何よりで,それ以外の何か(組織や団体)には所属したくないと考えていることがある.これは,言い換えれば,何ごとも損得で判断する完全なご都合主義である.二つには,はっきりした価値観を持っていないこと.三つには,物質中心で 超自然的,あるいは彼岸的なものの価値に無関心だということである.こうした平均的日本人の精神的傾向は,何よりも,他人と違っているように思われるといいことはないという考え方に集約されよう.こうした傾向があるので,「あなたは何かを信じていますか」「何か宗教をもっていますか」と聞いた時,「いいえ」 とか「無宗教です」と答えた人だけを,自分たちの仲間に入れてやるということになる.
『なぜ,人は宗教にすがりたくなるのか』[2] このように,日本では近所づき合いや親戚づき合い,会社の中で「無宗教である」 ことが,それらの人間関係を円滑にする潤滑油的役割を果たしていることがわかる. ゆえに,日本人は「自分は無宗教である」と考えているともいえるのである. ところが,同時に大変興味深い統計も見られる.それは以下のものである. 「家庭に神棚があるか?」の質問では,「ある」が51.3% 『宗教年鑑』(平成12年版)で神道系の信者数は106,241,598人,仏教系の信者数は95,787,121人である. 曹洞宗が都市に住む同宗の壇信徒の宗教意識をまとめたもの(94年)によると, 「お墓を持っている」と答えた人は91%であった.
『宗教・宗派データ』[3] これらの統計は,多くの日本人が「自分は無宗教である」と考えていることと明らかに矛盾している.日本人の多くは,「自分は無宗教である」と思っていながら何らかの宗教活動に従事しているのである.宗教活動に従事している日本人を果たして無宗教といえるのであろうか. 阿満氏によると,「創唱宗教」と「自然宗教」というものがあるという. 「創唱宗教」とは,特定の人物が特定の教義を唱えてそれを信じる人たちがいる宗教のことである.教祖と教典,それに教団の三者によって成り立っている宗教と言い換えてよい.代表的な例は,キリスト教や仏教,イスラム教であり,いわゆる新興宗教もその類に属する.これに対して「自然宗教」とは,文字通り,いつ,だれによって 始められたかも分からない,自然発生的な宗教のことであり,「創唱宗教」のような 教祖や教典,教団をもたない.「自然宗教」というと,しばしば大自然を信仰対象とする宗教と誤解されがちだが,そうではない.あくまでも「創唱宗教」に比べての用語であり,その発生が自然的で特定の教祖によるものではないということである.あくまでも自然に発生し,無意識に先祖によって受け継がれ,今に続いてきた宗教のことである.
『日本人はなぜ無宗教なのか』[4] 「宗教」とは,一般に「創唱宗教」のことを考えられがちである.その原因として, 「自然宗教」が「宗教」として意識されていないことが挙げられる.では,なぜ「自然宗教」は「宗教」として意識されていないのだろうか.これについては具体例を挙げて説明したい.例えば,初詣である.日頃は神社に行くことのない人も,この日は初詣に行く.子供も,大人も,年寄りも初詣に行くのである.それがはっきりとした 信仰心から行われているものなのかは疑わしい.人々にとっては,ただのイベントにすぎないのかもしれない.しかし,朝日新聞によると,2001年の元旦,大宰府天満宮には約85万人もの人々が初詣に行ったというのは疑いようのない事実なのである.もう一つ分かりやすい例を挙げたい.それは,お盆のときに多くの人々が帰省することである.また,彼岸の際の墓参りもそうである.自分で認識している人は少ないだろうが,阿満氏の定義からすると,これらの行いをする人は「自然宗教」の「信者」ということになる.では,「自然宗教」とはいったいどういうものなのだろうか.これについては墓参りを例に挙げて説明したい.日本人は墓参りの際,当然のように墓に水をかける.しかし,日本人以外に墓に水をかけるという習慣をもっている民族はほとんどいない. では,どうして日本人は墓参りの際に墓に水をかけるのだろうか. 柳田国男によると,墓にかける水は,もともと墓の住人(?)が生まれたときに産湯 として使用した井戸の水でなければならなかった.どうして産湯に使った水でなければならないのか.それは,亡き人にその水を示すことによって,あなたは死んでも決して故郷から遠いところへはいってはいない,いやあなたにゆかりのある人々の近くにいるのだ,ということを教えるためなのである. どうしてそのような面倒な手続きが必要なのか.思うに仏教が民衆の生活のすみずみ にまで入ってきて,人は死ねば極楽という現世からはるかに隔たったところへゆくと いう教えが広まってきたことと関係があるのであろう.日本の民衆の中には,極楽へ生まれることは歓迎しても,ゆかりの人々や土地から離れることには抵抗があったのだ.そのために,墓参に際しては,必ず水をかけるようになったのではないか.
『日本人はなぜ無宗教なのか』[5] つまり「自然宗教」とは,ご先祖を大切にする心なのである.人は死んでも遠くへ はいかず,子孫やゆかりの人々を見守っているのであり,お盆や正月には子孫のもと へ帰ると信じられているのだ. このように,日本人は古くから「自然宗教」の信者であったのであるが,一般に「宗 教」というと「創唱宗教」のことであると思われ,また,「自然宗教」が「宗教」であるという認識がなされていないために,多くの日本人が「自分は無宗教である」と考えていることが明らかとなった. また,現世のことを重視するようになったことも,日本人が無宗教であると考えられている一つの要因である. 日本人が現世中心の生活をするようになったのは,中世から近世にかけての人々の生活と宗教への結びつきの変化によるものである. 中世では日常生活のすべてが神仏とともに営まれていた.阿満氏によると,中世は三つのことが信じられていた時代だという. 一つは,神仏の存在が文字通り信じられていたこと.第二は,仏教とともにもたらされたインド人の世界観である六道輪廻,つまりあらゆる生き物は地獄,餓鬼,畜生, 阿修羅,人間,天,の六つの世界を経巡り続けるということを信じていたこと.前世 や来世の存在と生まれ変わりが信じられていたのである.そして第三に,死後,地獄 や餓鬼,畜生といった世界に落ちないように,死後の世界の救済が切実に求められて いたこと,この三者が一体となって信じられていた時代が日本の中世なのである.
『日本人はなぜ無宗教なのか』[6] このように,中世では宗教に無関心な生活などありえなかったのである.では,このような人々の生活からどうして宗教への関心が失われていくことになったのであろうか. 近世になると,二つの要因によって人々の生活は現世中心になる. まず一つ目の要因は,儒教が入ってきたことである.室町時代から武家たちの家訓として入ってきた儒教の教えが,近世に入り人々の間にまで浸透したのである. はじめは,仁義礼智信という徳目を守ることが神仏への信仰とならんで強調されているけれども,やがて,神仏がこの世に姿をあらわすのも,儒教の教え,つまり仁義礼智信を人々に実践させるためであり,一度として,仏の前で手を合わせたり神社の社殿にぬかずくことをしていなくても,こうした儒教の教えを守っているかぎり,神仏もその人間を救うのだと教えるようになってくる.だから神仏をいわば名指しで頼むのは,死後極楽に生まれるようにと祈るときだけであり,平生は,儒教が理想とする道徳を実践していれば十分だという主張になったのである.
『日本人はなぜ無宗教なのか』[7] それまでの人々は,死後,地獄に落ちないための神仏への信仰が中心であった.それが,儒教の教えを第一とする生き方は現世中心の考え方に大きく変化したということになる.儒教でははじめから,現実社会における人間の生き方がその中心をなしており,死後の救済は,ほとんど関心の対象となっていないのである.このような儒教が日本でも勢いを持ちはじめたということは,それだけ人々の関心が現世中心になっ てきたということになる. では,どうして儒教の教えがそのように日本人に受け入れられたのであろうか. 儒教と言えば,普通,孝を中心とした孔子の思想であると思い浮かぶであろう.しかしそれは,孔子が新しい思想を独創的に生み出したのではなく,それまであったいろいろな思想を体系化したということなのである.その体系化された儒教が成立する前,儒教の母体となる原儒というものがあった.それはシャーマニズムを基盤として おり、孝という考え方があったのを,孔子が体系化していくなかで,儒教が成立したのである.儒教の母体となった原儒の本質は,シャーマンである. シャーマン(天上の神・魂など神霊なものと地上の人間をつなぐ能力を持つ祈祷師)は,古今東西を問わず至るところに存在しており,なんら珍しいものではない. しかし,世界のシャーマンのほとんどは,まさに祈祷それだけの任務に終わっており,俗信的水準にある.しかし,儒教は,原儒シャーマニズムを基盤にして,孝という独自の概念を生み出し,この孝を基盤にして家族理論を構成したのである.このような,シャーマニズムを基盤として政治理論までを(さらに後には宇宙論・形而上学 も)有している理論は,おそらく儒教だけであろう.
『儒教とは何か』[8] シャーマンは神霊などを招き降ろすのであるが,儒教ではそのシャーマニズムも限定的で,いろいろな神霊を招き降ろすのではなくて,その対象となったのはほとんどが自己の祖先の霊である.後世では,孔子の霊を招き降ろすことなどもあったらしいが,一般的には,自己の血縁者,つまり祖霊を招き降ろすのが原則となっている.それが祖先崇拝とつながっているのである. この祖先崇拝という考え方は,いわゆる「創唱宗教」が入ってくる以前,「自然宗教」としての日本にもともと備わっていた.古代の日本人の死者に対する霊魂観は 「殯」という習俗から窺うことができる. 『紀』の敏達天皇崩御の一説には,大和の広瀬に殯宮の設けられたことが述べられている.この殯宮に立って蘇我大臣の馬子宿禰は,腰に太刀を帯びて故人を偲ぶ. 『紀』にはこのくだりを「刀を佩きて誄たてまつる」と言う. 殯は人の死後,遺体を埋葬するまでのあいだ柩におさめて喪屋に安置し,その前で縁者が思いをこめて身振り手振りをともない,死者の魂を慰める習俗であった.そして馬子がたてまつった誄は,亡き天皇の生前の徳を称える感情のこもった言葉を捧げる 儀礼で,『紀』にはこれ以後,歴代の天皇・貴族の葬送儀礼において誄が行われたことが記されている. (略) ここには死者にたいする思いの表現と,その周辺にいるであろう大王継承者や近親者にたいするパフォーマンスもあったであろう.いずれにしても,ここには死者の魂が生者からの誄を受けて喜ぶという観念のあることがわかる.しかも誄によって,死者が蘇るかもしれないという期待も見えるのだ.
『日本多神教の風土』[9] これはいわゆるシャーマニズムであり,古代の日本人は「殯」という習俗で祖先崇拝をしていたことがわかる.このように日本では儒教が入ってくるはるか前から「自然宗教」として祖霊を大切に思うという概念が備わっていた.それゆえ,日本人にとっ て祖霊を大切に思う原儒を母体とする孝という思想を中心とした儒教というものは受け入れやすかったということができるのである. 二つ目の要因は,市場社会の経験である.近世に入り,生産力が高まるに伴い,世 の中は「市場に生きる生活」が中心となったのである. 明治の段階で,「宗教らしい宗教」への需要がほとんど消滅していた真の原因は, 三百年に近い市場社会の経験が,「市場に生きる生活」を確立し,「信仰に生きる生活」を不要にしたことにある.都市ではカネを使う生活が当たり前のものとなり,市場でカネを稼ぐために働き,あるいは金儲けを追及することが人々の生活の中心と なった.ここには出家して修行生活に入ったり,信仰に生きる脱世俗的な生活に身を投じたりする余地はほとんどない.「聖」と「俗」を分けるなら,人々の意識と行動 の中で「聖」への関心は希薄になり,「俗」の生活が圧倒的な関心をしめるようになる.
『脱宗教のすすめ』[10] 近世では人々の生活が市場社会の中で営まれた結果,人々の関心の対象は完全に現世中心となったのである. このように,日本は儒教を受け入れやすい状態であったが,それはその根底に「自然宗教」と考えても良い祖霊祭祀の考えがあったからである.そして,儒教の影響を受けて,日本人は来世の救済よりも現世利益を重視するようになった.ところが,その根底には祖霊を大切にする「自然宗教」があったことは無視できない.現実の生活に いそしむ日本人は意識するにせよ,意識しないにせよ,自分の家の祖霊に対する敬いの気持ちを持ちつづけ,それが具体的な宗教活動に現れているのである.ゆえに,宗教意識が薄いということで,日本人が無宗教であるということはできないのである.
参考文献表 阿満利麿 [1996] 『日本人はなぜ無宗教なのか』 (ちくま新書085,筑摩書房, 東京) 小田晋 [2000] 『なぜ,人は宗教にすがりたくなるのか』 (三笠書房,東京) 加地伸行 [1990] 『儒教とは何か』 (中公新書989,中央公論社,東京) 久保展弘 [1997] 『日本多神教の風土』 (PHP新書024,PHP研究所,東京) 浄土真宗教学研究所浄土真宗教学委員会 [1998] 『歎異抄―現代語版―』 (本願寺出版社,京都) 竹内靖雄 [2000] 『<脱>宗教のすすめ』 (PHP新書099,PHP研究所,東京) 塚本善隆 [1983] 『法然』 (日本の名著5,中央公論社,東京) ひろさちや [2000] 『お葬式をどうするか―日本人の宗教と習俗―』 (PHP新書123, PHP研究所,東京)
[1] インターネット(http://www.sekise.co.jp/sougi/institut/dw/199907.html) を参照せよ. [2] 小田[2000:108]を参照せよ.
[3] インターネット(http://www.sekise.co.jp/sougi/institut/dw/199907.html) を参照せよ. [4] 阿満[1996:11]を参照せよ. [5] 阿満[1996:15−16]を参照せよ. [6] 阿満[1998:32―33]を参照せよ. [7] 阿満[1998:36―37]を参照せよ. [8] 加地[1990:53]を参照せよ. [9] 久保田[1997:59−60]を参照せよ. [10] 竹内[2000:17]を参照せよ. [11] 塚本[1983:361−362]を参照せよ. [12] 浄土真宗教学研究所[1998:8―9]を参照せよ. [13] 浄土真宗教学研究所[1988:1086−1087]を参照せよ. [14] 竹内[2000:22−23]を参照せよ. [15] 阿満[1996:49−50]を参照せよ. [16] 阿満[1996:53]を参照せよ. [17] 小田[2000:92−93]を参照せよ. [18] 阿満[1996:56]の尾藤[1992]の引用を参照せよ. [19] ひろ[2000:182―183]を参照せよ
第二章 「戒律と宗教の本質 」は来月の法話で。 topに戻る